TOP > 歴史・地理 > 伝承「洞口ぶちのリュウ」 ≪ 伝承「洞口ぶちのリュウ」 ≫
 
 昔々、とは言いましても、ご、六十年前のことですから、そんなに古い話でもありません。わらしな川の支流の、よきまたの奥に、洞口ぶちというふちがあります。そのふちにはヤマメがたくさんいるということを人づてに聞いた村のある男が「よしそれなら行って釣ってこよう。今夜はおいしいヤマメを焼いて、一杯飲めるぞ」と足取りも軽く、釣り竿と、おおきなびくを持って、草の生い茂る道を、そのふち目指して登って行きました。
 洞口ぶちに着き、さっそく糸を垂れました。釣れること、釣れること、大きなヤマメばかり、面白い程に澤山釣れて、時のたつのも忘れるくらいでした。ほどなく、持ってきた大きなびくもいっぱいになり「家へのお土産も出来た」と、大喜びで帰りじたくをすませ、ふちべに腰をおろして一服し、なにげなく上を見ました。するとどうでしょう。一匹の大きなリュウが口を開け、今にもおそいかかってきそうに、身がまえているのです。男は、腰が抜けそうになりましたが、これは大変、こんな所でぐずぐずしていたら食い殺されてしまうぞと、釣った魚も竿もすのままほうり出して、命からがら逃げ帰って来たそうです。そして、その後は、二度とそのふちに、釣りに行かなかったということです。その男の見たリュウは、きっと、洞口ぶちのぬしだったのではないでしょうか。

現在でもシーズンに釣り人が訪れる能又川  
引用:「ふる里わら科八社~第一集~」(大川寿大学.静岡市中央公民館大川分館.昭和55年)