TOP > 歴史・地理 > 「あごなし地蔵」 ≪ 「湯ノ島 あごなし地蔵」 ≫
 下湯島は戸数三十七の小部落である。部落の入口は峻険な山で、これを切り開いて上湯島に通じる道をつけた坂道の左側、藁科川に面した小山の上に、庚申塔、弥勒菩薩、馬頭観音菩薩、地蔵尊などの石仏群が、十体余も立ち並んでいるなかに、三十センチぐらいの小さなあごなし地蔵尊を見つけた。浮き彫りの地蔵尊の後背の左側に「虫歯守護、あごなし地蔵大菩薩」。左側に「祈願成就為小沢弘寅年三歳、日向、佐藤成一郎建立」。左側面に「おきの国すき郡中すど村大字かみにし」と刻まれている。肉身の三歳児が虫歯に苦しめられ、地蔵尊に祈願して快癒したそのお礼のため、また一つには虫歯に苦しみ悩む人がないようにとの願いで、この石仏を建てたのであろう。「あごなし地蔵」とは思いきった名をつけたものである。あごがなければ歯がないし、歯がなければ虫歯にならないし、苦しめられることもないと思ったからであろう。山の人の温かく素朴な心が、地蔵尊の姿や、微笑をたたえた顔容から、あふれてくるようである。(1962.6.24

引用:『野山の仏』(戸塚孝一.金剛社.1963